一日平均5人の子どもが、親の虐待が原因で死亡し、「虐待先進国」と呼ばれるアメリカでは、虐待死の原因の大半が身体的虐待ですが、その中でもネグレクトが原因で死亡している子どもが虐待死の約35%を占めていることの方が、親子、家族の関係に大きな問題が潜んでいるように思われます。
日本の場合、死亡した子どもの年齢では、0歳児が50%弱であり、特に生後1ヶ月未満に集中していると、厚生労働省が「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等の5次報告」で公表しています。
全国の児童相談所が対応した虐待相談件数は統計を取り始めた 平成2年以降、18年連続で増加していて。平成20年度は4万2664件と、1日平均約120件の相談が全国の児童相談所に寄せられています。
虐待行為(身体的虐待、性的虐待、ネグレクト、心理的虐待)の中には、必ずしも自覚を伴わないものもあり、ネグレクトなどでは親が遊興や買物のために、子どもだけを自宅で留守番させたり、自動車内へ放置するなどの行為が、「危険な行為」という認識もなく行われる事例が後を絶たっていません。
子どもを産み育てる親の責任は当然のこととして、親になる人とその家族や社会との関わりの希薄さがベースになっているようにも思えますし、愛情に欠けた親子の関係や家族との関係が、昨今メディアを賑わせている悲惨な事件の根底にもあり、未成熟な大人をつくり出しているのではないでしょうか。
〈皆様のご意見をお聞かせ下さい〉
この世に生を受けた純粋無垢な赤ちゃんを、社会性を持った大人として育てる事は、親と社会の責任だと思います。「自覚を伴わない虐待と親や社会の責任」について、皆様のご意見をお聞かせ願いたいと思っています。
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2010年4月10日土曜日
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2 件のコメント:
らっきーまん、こんばんは。
いつも興味深いお話、そして癒しの写真を楽しませていただいています。
自覚の伴わない虐待・・・ひとつひとつ症例をみると、大人の責任とか自覚の欠如、と言われそうですが、私はこういったものは今の社会だからこそ、当たり前に起こっているものだと感じます。
もちろん、直接には保護責任者の問題と言われるのでしょうが。。。
戦後日本が急速に復興するにあたり、欧米文化が入り大資本主義に変換されて、個人の欲や見栄、仲間を仲間と信じられないような激しい競争社会、そして文明の発展とともに活発になった情報の氾濫。食を始めとした生活の大転換。
大きく社会が発展するのと比例して、日本古来の相手を『思いやるこころ』『おくゆかしさ』と言ったものが、薄くなってしまっています。
昔のように、今をどう生きのびるか、と言うような、生活の心配がなくなった分、その次に訪れる心の課題がきているのでしょうね。
この数年の間におこった経済破綻。
沢山の苦しみが生まれています。
それも、末端である一般市民にはとくに大きな痛手が・・。
でも、そんな今だからこそ今までを見直す大きな節目が訪れていると思います。
苦しみ悲しみを、耐え凌ぐだけでなく、これをキッカケに意識の大転換が広がっていけることを、切に願います。
相手を思いやるこころ、助け合うこころ・・・
ボランティアを、ボランティアでなく、それが当たり前のことだといわれる世の中になることを祈りたいです。
そして、この悲しみの連鎖を少しでも早く断ち切れることを願います。
ココロンさん、貴重なご意見有り難うございました。
経済、教育、内政、外政全てにおいて、国民の視線で国を見るのではなくて、政治家の視線で国民を見る事しか出来ない政治力の貧困さが、あらゆる点でゆとりのない国民を造り出しているのでしょうね。
本当に貧しい国の人々は、一滴の水でさえ大切にし寄り添って、一切れのパンでも分かち合い、自らの命でさえ犠牲にして助け合っています。
残虐な虐待行為や自覚を伴わない不注意からの事件は、特に先進国と言われる物質的に豊かな国の、心が貧しい人達によって起こり得る現象なのですね。
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